「閑坐聴松風」という禅語がある。これは「こころ静かに坐すればただ松風の音ばかり、こころが急いでいれば気づかぬことばかりであるが、澄み切った心で居れば、耳に澄み切った松風の音が自然と聞こえてくる」というものである。これは更に、「こころが自然と一つになって、こころそのものが静寂の中にあれば禅定にいる」という深い意味を持つ。日々都市の真っ只中で、時間に追われながら生活している現代人にとって、一人こころ静かに自然と対峙し坐ることはなかなか難しいことである。自分でよほど意識し、機会を作らない限りその確保は難しいことは誰も承知の事実である。また、人間性の回復が最も求められている現代にあって、こころそのものを静寂の中に置くことも至難のことである。ましてや、豊かな自然に囲まれ、時を忘れてしまうような空間は、都会において手の届かない存在であることも既に承知のとおりである。しかしながら、都心における限定された空間であっても、厳選された樹木や石による庭園芸術として空間が確立されたとき、豊かな自然に負けないほどの力を持つことになる。私はそのような空間を、このホテルの庭園に目指した。ロビーやラウンジ「坐忘」に閑坐し、庭とこころ静かに対峙したときに、深い意味を持つ空間にしたいと考えた。この庭園を私は「閑坐庭」となづけた。それは、日頃の生活で潤いをなくしてしまった心を回復させ、更に心を豊かにし、人間本来持ち併せていながらも、いつもは隠れた存在となっている豊かな感受性や、小さなことにも感激できる柔軟な心を取り戻してくれる役割を果たす空間でありたいと考えた。しかも、その空間は、日本固有の四季の美しさ、更には日本の美意識と価値観が凝縮されたものでなければならない。また一方で、日本の空間作りの特徴である外部空間と内部空間の関係性を高めること。そして、その中間領域の充実をはかることに情熱を注いだ。その結果、外部空間の主たる構成要素である「石」が岸に寄せる波のようにラウンジ内まで入り込み、石の「花入れ」として結実することとなった。このように庭園のデザインがインテリア空間に大きな影響を及ぼす結果となったことは、日本文化の真髄を現代空間に生かすことが出来たという意味で大変幸せなことであった。今後この庭園が、多くの人々に感銘を与え、また静かなこころを取り戻す場となり、更には本当の自己と出会うきっかけになればと願うものである。
所 在 地 :東京都渋谷区桜丘町
建 築 設 計 :観光企画設計社 + 東急コンサルタント
建 築 施 工 :東急建設
建築外構施工 :東急建設(石積工事協力:和泉正敏/和泉屋石材店)
造 園 施 工 :東急グリーンシステム/石勝エクステリアJV
協力:佐野晋一/植藤造園+和泉正敏/和泉屋石材店
敷 地 面 積 :9,408.86㎡
建 築 面 積 :5,242.46㎡、地上41階、地下6階
日本庭園側面積:846.53㎡
仕 様 :庵治石、クロマツ、コメツガ、アラカシ、ヤマモミジ、モウソウチク、クマザサ等
工 期 :1997年11月~2001年5月
写 真 撮 影 :2001年6月 田畑みなお
*ホテルカウンター、花入れ、コーヒーラウンジ石壁を外部デザインと共に行う