70歳の原風景を取り戻す改修
「この家は俺にとっての原風景かもしれない。」
上京して50年、既に70歳になろうとしている家主の一言で、「築70年の日本家屋を70歳の
家主の原風景として取り戻し、終の棲家とすること」が設計のテーマとなった。
元来、村のための「人寄せの空間」であった板敷きの広間を、親しい人と集えるように土間空
間として再生することとした。そこでは、副次的な空間要素を限りなく削ぎ落とす「引き算の改
修」を施した。その純化された空間は、原風景を体現するとともに、ある種の象徴性を獲得で
きるのではないかと考えた。
一方、50年間都会で生活していた家主には「現代的な生活空間」が必要であったため、断熱
性、気密性の高い空間を既存家屋に挿入することで居住性を高めた。また、そこに布基礎、
耐震壁を新設することで、一定の耐震性を保証できるようにした。それらは現代的な生活を担
保する「足し算の改修」と言える。
そして、これら2つの空間の境界面に大きな窓を穿つことで、常に互いが意識できるようにし
た。
「原風景を取り戻す」という不可能性を成立させようとすることで、空間に力を与えようとするこ
とが本設計の意図なのである。
土間空間では、原風景を体現し、象徴性を獲得するために次のような手法を用いた。
1階の天井を剥がすことで2層吹き抜けの大きな気積を確保し、巨大な小屋組を露わにさせ
た。剥がした天井材は、大黒柱 や板戸と同様に美しいベンガラ色が残っていため、床板やテ
ーブル天板へ、また、根太は吹抜け上部の手摺へと再利用した。さらに、この場所に元々あ
った土を固めることで土間とするなど、この空間には新しい部材を極力持ち込まないように配
慮した。また、教会堂のように上方から射し込む光により、この空間の崇高さを顕在化するた
め、南面・西面上方にハイサイド窓を穿った。降り注ぐ光が、この空間のベンガラ色や漆喰の
白色を照らし出し、大梁による影が土間に無垢で潔い表情を与える。
それぞれの部材には70年間この家屋を支えてきた時間の重みがある。それらに敬意を示し
、最小限の施しでこの家屋の歴史を新しい形で次世代へつないでいくことは、非常に意味の
あることだと考えた。夏休みには都会に住むお孫さんが集まり、「おじいちゃんの生まれた家」
を満喫していったと語る家主の嬉しそうな顔が印象に残った。