このプロジェクトは、既存の木造住宅への2階部分の増築、元来は診療所として建てられた既存建物の2階部分のギャラリーへの改修、芸術家のための鉄骨造のアトリエの挿入、という三つの部位から構成されている。
クライアント夫妻は、老いた母の居住スペースを住環境に恵まれた1階庭側へ移設するのに伴って、不足する居住スペースを拡充するとともに、運営する芸術団体の活動のために新たなスペースを用意することを必要としていた。敷地内には、かつて亡き父が診療所を営んでいた築後 約50年の建物が残されていた。ここでは、この老朽化した建築をスクラップ・アンド・ビルドで建て替えるという選択肢をとらず、既存の建物資源を活用して、複数の小さな増築や改修を組み合わせることによって、必要とされるプログラムを構成し直し、その要請への回答としている。
敷地の南東側に位置する庭を囲むように、両親の時代から家族が暮らし続けてきたという場所への記憶を過去から未来へと持続できるよう、L字型の配棟計画は踏襲されている。周辺の都市的文脈に呼応しながら、増補されたプログラムを空間へと変換して建築的介入を行うことにより、敷地を超えて建物群を紡ぎ直すようなデザインを試行している。
既存の住宅の道路側の平屋部分には、片流れ屋根をもった2階部分が増築された。敷地は、第1種低層住居専用地域と近隣商業地域の境界にあり、このスカイラインの形態は2つの地域が切り替わる際に表出した大きな都市的変位への応答とした。新設の2階部分には、水回りや食堂などを配置して住居内のレイアウトを再編し、2階全体を夫妻の居住スペースとすることにより、1階東側部分を母の居住スペースへ、西側部分を芸術団体の活動で滞在する芸術家のための居住スペースへと転用することを可能としている。
元は診療所であったRCB造+鉄骨造の混構造の建物は、2階部分がギャラリーへと改修されて新たな芸術活動の容器となった。内部の間仕切りや吊り天井などはすべて撤去され、スケルトンへと一度戻されて、長い時間を経た鉄骨トラスやPC床板などの構造体が露わされた。場所の記憶を宿したそれらの要素は、この空間の基調音として活用し、展示活動のための最小限の間仕切りなどが付加されている。
住宅棟と旧診療所棟との中間には、芸術家の創作活動のための空間として、新たに鉄骨造の構造体が挿入された。このアトリエはT字路の正面に位置しているので、ファサードは周辺の街路空間へと協応するようにデザインされた。水平性の強いガラス窓、大型のスライド扉、鉄骨のフレーム、らせん階段などの要素が、既存と新設の建物資源を相互に関係づけてつなぎ合わせる役割を担い、複数の部分を全体のまとまりへと整序・統合している。